はじめに:このレポートは国土地理院発行、2万5千分の1 『市島』を参照していただくようお願いいたします。 2016.11.20. 日曜日 曇り 気温 寒い
10年以上前から『かんかけ』というものに興味を持って密かに調べていたのだが、最近になって 『sala』という歴史民俗誌に毎号寄稿している作畑ガールがこの『かんかけ』に興味を示して、あろうことかこの ネタでレポートを書きたいと言う。 寛容なやまあそは それまで集めた写真とか、聞き取りした情報、関連書籍などを作畑ガールに教えてあげて 自身は聞き取りだとか、カンカケの所在を探す担当になろう。そういう作業は楽しくて好きだ。 それがきっかけになり、 毎週のように『かんかけ』関係の場所をかけずり回ることになる。 ところが腰を上げるのがあまりに遅すぎた。現在では『かんかけ』を知る人が皆無に近く、また『かんかけ』自体残って いる所がほとんどない。 初めてそれを見たのは今から12年前、福知山市三和町東田ノ谷にある山の中だった。 その時点で周辺を詳細に聞き取りしていれば生きた情報が得られたはず。今年になって 東田ノ谷で聞き取りをしてみると予想通り空振りだったが、唯一得られたのが、鹿倉山の山中に『カンカケ峠』が あってそこには『カンカケ地蔵』があるという。
そして今回の山行きとなったわけだが、うまくすれば『かんかけ』を見ることができそうだ。
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しかたなく府道沿いに駐車 | 案内図にも鉤掛地蔵が描かれている(〇印のところ) |
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『鉤掛(カンカケ)峠』の場所はネットで確認できた。鹿倉山へ登るいくつかある登山道の一つの途中にある。 場所からして三和町莵原から登るのがよさそうだ。舗装の林道があるので、それで出来るだけ楽をしようと 思ったら入口にチェーンが掛かっていた。そこにある案内板には車禁止の記載などの注意事項がいくつもある。
上からぞくぞくと軽トラックが降りてくる。どうやら莵原住民による使役で、上にある熊野神社周辺の掃除ということ
だった。聞いてみると全員が降りるとまたチェーンを掛けるということなので車の利用はやはり無理のようだ。
いろいろ話してみるとどうもハイカーに対して
良い感情は持っていないようで、言葉の端端にそれがうかがえた。莵原は外部の人間に対してはきびしいところのようだ。
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地図の『A』地点から登る | 谷の右岸を登る |
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9時40分にスタートして登り口である『A(水利施設?がある)』地点には10時05分(途中で莵原の人と話していたので)。 ここから山道となる。基本、谷の右岸側を歩くことになるのだが気を抜いていると地図の『間違いかける』という ところでウロウロするはめになる。ここは昭和58年の災害で土砂が埋まってわかりにくくなっている。 |
何が摂れたんかな? | 地獄は回避して直進 |
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迷いポイントをうまくクリアーすると鉱山跡に出会う。中を覗いてみたがけっこう深い。 この近辺で摂れる鉱物というとマンガンかな?
その先にあった分岐には左側に向かって『地獄尾根コース』とある。ここを行くと鹿倉山への
ショートカットになるが、肝心の鉤掛峠をパスしてしまうので直進あるのみ。地獄は死んだら確実に行けるし。
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まもなく峠だ | ありました!! |
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峠には10時45分到着。今日は天気が悪くて標高が上がるにつれてガスが濃くなってきて、 周辺は真っ白で空気もウエッティ。そんな峠に佇んでいるのが鉤掛地蔵の石仏だ。 石が積み上げられた室の中にある。その前には木の枝が一本渡されていてY字のカンカケが ある。たった2本だけだがほんとは数十本掛かっていたらしい。 | ||
東田ノ谷での聞き取りは空振りだった。今朝、話をした莵原もどうも駄目みたいだ。 実は今日下山後に訪れた桑原での聞き取り(山仕事をしていた長老)も駄目だった。 ならば、今、目の前にあるカンカケはどこの誰が?それはこの地蔵にヒントがあった。 カンカケのことは中出村で聞き取りをするべしと地蔵が言っている。 | ||
カンカケ(鉤掛)は なぜYの字の木の枝なのか?柳田国男曰く、古来より人々は木の枝には不思議な力があると認識しており、 山の神を里へ迎える鉤曳きの神事とか、大木の高い枝に鉤になった小枝を投げて引っかける占いなどが 今も残る風習としてあると。カンカケもそういう木の枝の不思議な力を利用したもののようだ。
山仕事の場合、山に入る前にその入口にカンカケを掛けて山仕事の安全を祈ったという。
(山に入るたびに毎回掛けるので数十本のカンカケがぶら下がっていることになる)
特殊な?例として多可町山寄上のカンカケはY字の片側が異常に長い。これは山の斜面から
滑落したときに山の神にこの長いカンカケで引っかけ上げてもらうためという意味があるようだ。
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山頂でランチ休憩 | 写真ではわかりにくいが烏帽子岩からの下りが難所だ |
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峠からのレポートはおまけのようなもの。峠から山頂までは45分ほど(普通の人ならもっと速い)。 雨ではないがガスのために湿度は高く展望もない。晴れていても周囲の木々が成長しているので 展望は無いと思う。適当に食事を済ませ下山ルートを考える。
再度峠へ下るのは途中にある急斜面がいやだと作畑ガールが言う。山頂から東に下る尾根はゆるやかだが
けっこう遠回りになってしまう。で、烏帽子岩から熊野神社へ下るルートを選択。途中にある天狗岩は
パス。問題の烏帽子岩にやってきた。ここも本来なら展望が良いはず。たとえ天気が良くても展望を
楽しむ余裕はない。それはここからの下りが難所だからだ。
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熊野神社に着 | 太平寺跡ってこの辺かなあ |
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熊野神社には12時45分。府道から始まる林道は山腹をぐるーっと回り込んでここが終点となっている。 その舗装林道を下るのではなく『太平寺跡』から旧参道跡コースを下ってみよう。 たしかに傾斜のゆるやかな平坦地のエリアだが明確にそこだと言える場所はわからなかった。 そこから旧参道コースを探すのだが偶然にもすぐにわかった。 | ||
旧参道を下ると舗装林道に降り立つ。登りに使ったポイントとはずいぶんと近い。 そのまま同じ道で下って車には13時30分。そのまま鹿倉山の南東に位置する桑原集落へ。 昔、山仕事に従事していたというおじいさんと話し込む。カンカケについての収穫はなかったが お年寄りの話はおもしろい。 次回来るとしたら中出村から鉤掛峠へのルートを歩いてみたいものだ。
今回の鹿倉山の地図は
こちら(約210k)
でごらんください。 |