点名『岡』〜点名『滝谷』

はじめに:このレポートは国土地理院発行、2万5千分の1
『音水湖』を参照していただくようお願いいたします。

2010. 3.21.  日曜日  晴れ後みぞれ  気温寒い

宍粟市一宮北部周辺にはまだまだ登りたいピークやら尾根がたくさんある。 今日はその一つである一山の東向かいにある南北の尾根を歩いてみようと思いたつ。 地形図を見ると稜線上は広葉樹のマークがあるのではじめから終わりまで植林の尾根とは 違うみたいでそれも楽しみだ。 とりあえず点名『岡』〜点名『滝谷』を歩くことを目標にして阿舎利集落方向へ車を走らせる。 阿舎利の水くみ場手前にある林道分岐に車を止める。9時半スタート。
落ちかけた橋の付近から登る右植林、左雑木

まずは標高717.7mの点名『岡』に登りたいので、三方町へ後戻りするように歩く。 阿舎利川に沿って下っていくと、朽ちかけた小さな橋がある。 この向かいにある細い支尾根が登り良さそうだ。 細い尾根にしがみつくが、ズルッと滑り落ちそうになる。最初だけ乗り越えると あとはいつものような歩きよい斜面となる。右が植林で左が雑木。 後ろを振り返ると一山が見える。

このままこの支尾根を上り詰めてもよかったのだが、『岡』に行くには 右にある谷を越えて登りの方向を変えなければならない。 すると支尾根が平坦になった所から都合よく谷に向かって踏み跡がある。 それで谷に降り立ち、植林の斜面を『岡』に向かってをよじ登る。 (早い話が支尾根右の谷をそのまま登ればよかったかも)

いきなり目の前が明るい雑木帯に出た頂上はもうすぐ

暗くて急斜面の植林帯だったが、いきなり目の前が明るくなったと 思ったら、そこからは雑木帯になる。 目の前と斜面の左奥に炭焼き窯跡があった。阿舎利の人がここで炭焼きをやっていたのだろうか。 ここからも傾斜は急だが明るいだけに気分は良い。
四等三角点『岡』尾根を北へ向かう

そのまま一気にピークまで上り詰めると、そこはコンクリートブロックで保護された 四等三角点のある山頂だった。標高717.7m。このピークから北へ向かう。歩き始めると 風が強くてずいぶんと寒いのでアウターを羽織る。左を見ると一山とその南にある 939mの衛星峰がなかよく並んでいる。 反対に右を見ると遠くに志倉権現と地元では呼ばれている藤無山が見える。
一山を見る志倉権現(藤無山)
こんな稜線を歩きます。むこうは一山

気持ちの良い雑木稜線を早足ではもったいないのでゆっくり歩く。 711にやってきた。地形図を見ると公文川から林道がこの近くまで上がってきている。 のぞき込んでみると確かに林道があるのを確認。 さらにここには『山(裏側は五)』と彫り文字がって頭部分が赤く塗られている石柱があって 左方向に踏み跡が見える。それを辿って下るとちょうど駐車ポイントになるはず。
さらに雑木が続いて点名『滝谷』に着く

点名『滝谷』には11時20分。標高757.5m。ここは小さくて緩いピークなので 三角点が無いと山頂とはわからない。ここからはゆるやかに下っていきその先の分岐を 左に下れば雑木から植林となり大きな鞍部に到着する。地形図ではここから 大きく左に回り込むように稜線はあって、その先さらに北に90度折れると 阿舎利と溝谷を結ぶ溝谷越えの峠に着く。
『E』地点は植林の鞍部。そこを右へすると林道に降りる

しかし、その稜線には登り返さずに、鞍部から右に見えている林道に降り立つ。 地形図を見るとその林道は溝谷越えの峠まで続いているのだ。 実際歩いてみると林道の最奥に溝谷越えの峠が見えていた。 1年半前に峠に来た時は気がつかなかったが、その後に再整備されたのかもしれない。
林道を歩く。展望良し

林道は軽トラックなら通行できそうな道幅が続いているのだが、峠の手前で終点になっていた。 そこから峠までは人が通れるほどの小径であった。 ちょうど時間もお昼前だし、林道は日当たりも良く風よけにもなっているので、峠手前で お昼ご飯にする。無線も呼んでみるが標高も低いし、周囲の山が高すぎて応答はなかった。 とかく林道歩きはおもしろくないものだか、ここは展望も良くて藤無から銅山、水上山なども 見ながら歩くことができた。
峠に着石仏が傷んでいる

食事を終えて峠に来た。12時10分。杉の根本に丸石を組んだ小さな祠があるのだが、 それが大きく崩れていた。中をのぞき込んでみると石仏は自分の頭で天井の石を 支えている風な感じになっている。以前は普通に読めた後背部分の彫り文字が 今回は消えかかっているように見える。

右手には『三方町』、左手は『せく年女』と読める。『せく年女』は意味不明だが (読み間違いかもしれないし・・・)、『三方町』は大きなヒントとなる。 それまでは三方村だったのが、昭和31年に一宮町が繁盛村との合併を期に三方村は 無くなり一宮町三方町(みかたまち)となったという。 つまりこの石仏は昭和31年以降のものということになるわけだ。

谷には朽ちた電柱が阿舎利川を越える

阿舎利から溝谷の分校へ向かう通学路だったこの峠で大勢の児童を 見守ってきたであろうこの石仏はその役目を終えても優しい顔だった。 一礼して峠を去る。峠道は崩れていたり倒木があったりで来るたびに 歩きにくくなっているが距離も短いのであっというまに阿舎利川に出る。 具合良く倒木が橋代わりになっていたのでそれで川を渡って舗装路に出る。 後はのんびりと花を探しながら駐車ポイントへ。着いたとたんに冷たい雨が降り始めた。 13時30分。

今回の点名『岡』〜点名『滝谷』の地図は こちら(約130k) でごらんください。


それじゃあみなさんも「山であそぼっ」(^o^)/~~~


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