芦生(赤崎中尾根)

はじめに:このレポートは国土地理院発行、2万5千分の1
『中』を参照していただくようお願いいたします。

2007.10.28.  日曜日  晴れ  気温ふつう
芦生は誰もが知る超人気の山域です。超人気と言われるとそれだけで 行く気の無くなるのが私の悪い癖。 矢問さんから誘われなかったら永久に行くことはなかった芦生ですが、 行ってみるとやはり評判通りええところでした。

今回はたぬき号に便乗させてもらい父たぬきさんが運転手。行きも帰りも運転しなくていいので楽チンです。 後部座席で母たぬきさんと『アンデス25F』という楽器で合奏を楽しんだりして 早くもヒートアップ。美山でかねちゃん、矢問さんとも合流して、芦生山の家駐車場着。 駐車場でも「ピーピー、プープー」と演奏が続く。

準備をすませ8時15分出発。入り口で入山届けならぬ、入林届けを出す。 (O型の私は見てるだけで、A型の矢問さんが記入、届け出) 古い木造の宿舎があって、そこには職員が住んでいるらしい。 単身赴任ならともかく、家族が一緒ならたいへんやろなあと同情する。そして トロッコ道がここから始まる。
トロッコ始発駅なぜか街灯あり

軌道跡の道だと思っていたら、まだちゃんと線路が残っています。 実際にトロッコを走らすこともあるらしい。子供の頃線路の上を歩いた記憶がよみがえる。 ふと見上げると街灯が!!なぜかと思いきや、この奥にまだ民家があるという。 なんというアドベンチャーな生活やあ!!

しばらくすると昭和35年に廃村になった『灰野』という集落跡に出会う。 50年ほどで家などまったく跡形も無くなるのがすごい。 ここにある標識に従って右に折れる。
標識に従い佐々里峠方向へ早くも巨杉が・・・

地形図では沢沿いに道があるようになっているが、実際は山腹をジグザグと登っていく。 ある程度の高度まで来ると、こんどは水平道となる。どこを歩いているのかなあと 地形図をにらんでだいたいの見当をつける。すると沢と合流。
山腹を水平に歴史を感じるくぼんだ路面

大きな炭焼き窯跡を過ぎてこのまま谷を詰めるのかと思いきや、マーキングがあって 沢から離れる。どこから来たのか地形図の点線ルートと合流して支尾根に乗っかる。 古いがしっかりとした標識が立っている。南へは佐々里への峠道。 北へも踏み跡があり、それは芦生古道と書かれている。平安中高の山岳部が 復活させた道だという。トロッコ道の橋を渡ったすぐあたりに降りているというが ぜんぜん気がつかなかった。 (帰り道にその入り口を発見する)

『ばん取り跡』、『水飲み場』などの遺跡?を見ながら順調に進む。 新しく作られたハイキング道などはすぐに崩れるのに、こういう古い峠道などは いつまでもしっかりとしているのはなぜだろう。
雨宿りに最適大段谷山との分岐

10時13分主稜線に乗っかる。もうほとんど登りは無いと、矢問さんからお墨付きをもらう。 やれやれだ。峠方向は左、右は大段谷山だ。 風は涼しく、登りでかいた汗もすっかり引きました。 色づいた木々をかねちゃんは熱心にカメラしてます。 ここまでも大きな杉に何度か出会って驚かされたが、矢問さん曰く「あんなんはまだ子供」

はるか前方、峠方向からエンジン音が聞こえてくる。 このまままっすぐ行けば当然ながら佐々里峠に降りてしまう。 840ピークを巻くように進み、市境界出会いから180度Uターンするように 840へ登り返す。 ぼーっとしていると通り過ぎるおそれあり。 そして832ピークへ向かうのだが、芦生杉がそこここに 現れて徐々に核心部に近づいている感じがする。同時にお腹も減ってきたのを感じる。
巨杉二股巨杉外殻だけ残ったカミナリ杉

えらいでかい腹の虫が鳴いているなあと思ったら、 頭上をヘリが低空で通り過ぎる音だった。「ひょっとして、まさか、遭難かなあ・・」と、わーわー 言いながら歩いていると、前方で団体が食事中だった。彼らは朝方駐車場で 先発していたグループだ。同じルートだったのかな?

そこは赤崎中尾根と小野村割岳との分岐箇所で、そのカミナリ杉が分岐の 目印となっている。矢問さんが以前来たときはもっとしっかりした外観だったらしいが、 今は薄い外殻だけが残った状態で、今にも倒れそうな感じだ。 ここで食事かと思ったのだが、先客がいるので落ち着かないし・・・。

矢問さんの計画では赤崎中尾根を下ってトロッコ道まで行く予定なので、その途中で お昼にしようということになった。もうちょっとの辛抱だねとお腹に言い聞かす。ところが、 その空腹感を吹き飛ばすような巨杉がこの後続々と出現するとは このとき思うべくもなかった・・・。
巨杉「への6番」

「なんじゃ、こりゃ〜!!」と大声を出したくなるような巨杉だ。 今まで見た巨杉たちが子供だと言われるはずです。
巨杉「たの9番」
巨杉「れの5番」

これらの巨杉たちを写真に写しても、どれがどこにあった杉なのか 自分自身でもまったくわからない。演習林事務所ではどのようにこれらを分類、 判別しているのだろう? 私ならそれぞれに名前を付けるね。

これらの巨杉に名前があるだけで 「やっぱり芦生で一番は『への5番』やなあ」「なに言うてるねん。『ほの13番』やで」なんて 会話も成立する。
キムチ鍋だあ〜広い尾根なので方向注意

巨杉の広場でお昼です。矢問さんのボッカでキムチ鍋をいただきます。 正直、小食なので食べきれるかどうか。ところが、これがうまい。 次々とおかわりをします。 ところで、山で鍋などをしたとき残り物をどうするか? そのまま捨てると自然破壊となる。今日はどうなるだろうと心配していたが、 汁も残さず完食となってしまった。 恐るべし食欲!!
「あの3番」かねちゃんがちっちゃい!!
「ほの6番」

カミナリ杉で食事をしていた団体はこちらへやってこなかった。 小野村割岳方向へ行ったか、あるいはピストンで帰ったか。 どちらにしてもここを我々だけで独占出来たようでうれしい。 これらはまるで恐竜のようだ。ここを『ジュラスギパーク』と名付けよう。

重くなったお腹を支えながら下山する。広い尾根は徐々に狭くなり、 それとともに急な下りとなってくる。 私と母たぬきさんは慎重に下るが、他のメンバーは急ぎ足だ。 それというのも、芦生に来ていた鈴北さんと無線が繋がり、 トロッコ道で待ってくれているのです。
赤崎谷の出会い小ヨモギへ寄り道

鈴北さんグループとも無事出会えました。彼らはそのまま駐車場へ向かい、我々は 逆方向へちょっと寄り道する。これまた矢問さんのおすすめポイントがあるという。 小ヨモギと呼ばれる所だ。小屋があったというが、それは解体されており、その小屋跡の 向かいに白樺の林が広がっていた。
白樺じゃなくて、桂じゃなくて、けやきの林

「きれいな白樺林やなあ・・」「これは白樺やなくて、桂の木です」 な、なんと!これって桂の木なん? 人間がかぶるカツラといい、この桂といい、かつらとは人の目をあざむくものなのか!! (後日、矢問さんから「ケヤキ」の植林だと訂正が入りました。素人の私には 何の木かわかりませんが、カツラより毛焼きのほうが残酷な響きだなあ・・・)
帰りましょ〜心も満腹

トロッコ道を戻ります。石垣を積んだ高台は木材の集積所だったと矢問さん。 せっかく線路があるのだからトロッコに乗って駐車場まで戻れたら 楽チンなのに・・・。でも、所々落石、倒木で寸断されているので それは出来なさそうだ。

気になっていた芦生古道の入り口を探してみる。 「確かこの辺だったはず」という矢問さん。ヤブをかき分けてみると 古い木の標識が転がっており、その奥には踏み跡もあった。 だーれも利用していないようだ。

事務所前にはパトカーが2台も止まっており、やはりあのヘリは 遭難者の捜索だった。 翌日には無事に保護されたそうだが、進入禁止の地蔵峠からの 入林だったらしい。天知る、地知る、芦生知る・・・いわゆる天罰やな。 我々は何の罰も受けずに無事駐車場に15時25分着。

今回の芦生(赤崎中尾根)の地図は こちら(約160k) でごらんください。

それじゃあみなさんも「山であそぼっ」(^o^)/~~~


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