はじめに:このレポートは国土地理院発行、2万5千分の1 『智頭』を参照していただくようお願いいたします。 2010. 9. 5. 日曜日 晴れ 気温 超暑い
先週は牛臥山から海上山をAコースで周回したのだが、そのとき海上山800mピークから 見えた洗足山が良い姿をしていた。その稜線もゆるやかに古峠に向かって 下っているのだった。あそこを歩けるような道はあるだろうか?地形図を見るとちょっと長めの距離ではあったが 下り基調なのでなんとか歩けそうだ。
どこから登ろうかといろいろと考えたが洗足山の西側の赤波川から登るのがよさそうだ。 別途地図の『あ』、『い』、『う』の3つの支尾根が候補になる。 それとは別に板井原の集落から東にある谷もよさそうだ。とりあえず現地で決めるべく 板井原トンネルを抜けて、先週利用した三叉路の駐車場から北へ県道40で板井原へ車を走らせる。
先週の上板井原の集落はお店も2軒あるし住民もいるが、赤波川の下流に位置する 板井原の集落は昭和50年4月に22戸が集団離村して現在は無住の村になっている。 そのことは村の中央にある空き地の石碑に示されていた。 ここを駐車に利用させてもらい8時55分スタート。
廃村とは言いながら残された畑を耕しにやってくる住民がいるようだ。そこで
駐車の許可をもらいに畑に行く。おじいさんが畑仕事をしていて話をすると、洗足山へ行くなら谷道が明確だと言う。
それは鳥井野へ抜ける峠道で昔はよく利用したという。
|
立派な蔵です | 中から子鹿が飛び出してきました |
---|
不思議なことに先週訪れた上板井原は智頭町で、ここ板井原は用瀬町の行政区になっている。 しかし、村が健在の頃は智頭が生活圏で、この峠(宮の谷峠というが鳥井野での 呼び名は不明)で智頭へ抜けるのが日常だったという。 |
鳥居が残っていた | 小屋の横にはでかい杉が |
---|
廃屋を抜けると墓地になっていた。その奥から見えた鳥居へ向かう。 額が無いのでなんという神社なのかは不明。片方の柱には『奉 昭和六年十月吉日建』とあり、 右奥に小屋があるのみで本殿などの建物は無くなっていた。 この小さな谷には似つかわしくないような杉やらケヤキなどの大木があって ここが神域だったことをうかがわせる。 |
谷の合流点に上水施設 | 峠道は続く |
---|
地図の『A』地点は谷の合流点で四角いコンクリートの建造物があった。 たぶん上水施設だったのだろう。向こうの谷に小さな滝を見つけたが パスしてそのまま進む。というのも谷には風も無く、クラクラするほど暑くて、 寄り道する余裕はなかったのだ。とにかく発汗量が尋常ではなく、小刻みに水分を補給する。 そして、このまま峠まで道が続くのかと思ったら『B』地点で いきなり倒木地獄となる。 |
倒木帯から支尾根に逃げる | 稜線を山頂へ向かう |
---|
ピンクのテープが横手の支尾根に続いているのが見えたのでそこを登ってみる。 急斜面なのでさらに汗が噴き出してくるが、ここでスタミナを消耗しても意味がない。 スローペースを維持しつつ発汗したぶんの水分を補給する。 峠道のあった谷方向を見るとすぐ下に峠道の続きが見えた。 そちらへ降りようかと思ったが山頂へ向かうにはこのままが良さそうだ。 峠には行けなかったが稜線には9時50分着。
汗をぬぐって周囲を眺める。予想したとおり稜線上にはきれいな踏み跡があった。
用瀬町では3年の計画で洗足山への登山道を整備するという。
これはそれによっての道なのか、以前からある道なのかはわからないが
山頂までの一本道で迷いようは無い。
洗足山は三つのピークからできている。最初のピークは植林に囲まれたピークで、 南西の614方向へ向かってマーキングのある道があった。これも登山道なのだろうか。 二つ目のピークは743mの最高点だがここも植林の中。
ちょっと標高は下がるが、三つ目のピークに三角点がある。いきなり 視界が広がって明るくなる。そこは背の低い笹の広場だった。 標高736.3m、10時25分。周囲は刈り払われているものの、その周辺の木々は大きくなっていて展望はほとんど無い。 広場の真ん中には一等三角点。北方向を見るとマーキングはさらにある。 468の鞍部まで続いているのだろうか? おやつを食べ、オカリナを吹いて下山を開始する。10時45分。 |
宮の谷峠に着 | 地蔵菩薩にご挨拶 |
---|
登りはあれほどつらかったのに下りは速い。稜線が薮でなく、きっちりと道があるのも助けになっている。 登りでたどり着けなかった峠には11時10分。板井原側を見るとやはり倒木がひどい。反対に 鳥井原側はきれいな道が下っていた。どの辺に降りるのだろう?そして、ここには地蔵菩薩の石仏がある。 4本の木に守られるようにある。後背部分に文字が彫られているのだが判読は不可能だった。通行する 人もいなくなって寂しい思いをしているのかな。 |
なんとも気持ちよい | このまま続いてくれ〜 |
---|
峠から606付近までは植林の稜線だが、やがて暑さを忘れさせてくれるような気持ちよい雑木の尾根と なってくる。右から中国電力の巡視路が合流する。つまり稜線が巡視路となるのでいよいよ道がしっかりと してくるわけだ。601の次のピーク手前で予想もしなかったものに遭遇する。 それは山城によくある堀切で稜線を分断している。まさかこの階段を登ったところが城跡なのか?
しかも階段横の斜面にはなにやら怪しげな穴が・・・。 さきほどの洗足山には鬼の伝説があって、その鬼が住むという岩屋があるという。 あればもちろん見たいと思っていたが、まさかこれがそう? 恐る恐る覗いてみると穴は埋まっていて水が少し湧いているような感じだ。 しかもバケツまで置いてあった。 |
城跡からの展望 |
---|
11時45分。 登ったピークは西方向に展望があった。街道を見下ろせるここは、確かに砦としては絶好の場所かもしれない。 南を見ると、先週登った牛臥山と海上山、下山の峠まで見渡せた。 とりあえず城跡なのかどうか、不確かなままピークを下りかけると・・・。 なんと、そこには曲輪があった。しかも前方には明確な堀切もある。 ということでここは城跡に間違いない!! |
南にも堀切がある | 鳥取道の智頭ICが見える |
---|
まさか、この稜線上に城跡があるとは思いもよらず、興奮さめやらぬまま送電線鉄塔に着く。 ここからは智頭ICがよく見える。展望があるのは良いが、とにかく暑い。 稜線に復帰すると木陰の道になるのでありがたい。 |
謎の三叉路 | ここにも石仏が |
---|
前方に何か見える。それはなんと石仏だった。宮の谷峠と同じような花崗岩でできた地蔵菩薩。 これも後背部分に文字があるが『六月』しかわからなかった。 そして、ここは三叉路になっていて進行方向とは逆の方向に下っていくようになっている。 県道のどの辺に出るのだろうか?それも気になるが、石仏があるということはここも智頭へ抜ける峠なのか? 周辺にはそれらしい道はなかったが・・・。
さらに、さらに、石仏の横には朽ちかけた白い杭に『樅尾城跡』『狼煙跡』と書かれた
道標が転がっていた。つまり先ほどの城跡が『樅尾城跡』というわけだ。
|
稜線まであった段々の桑畑 | まもなく510ピークだ |
---|
さきほどの道標によると、進行方向のどこかが狼煙場だったはず。524か510ピークがあやしい。 その524(地図の『え』)に来ると、そこは麓から稜線まで達する広大な桑畑の跡だった。 板井原の集落は昔は蚕で生計を立てていたという。その名残がこの段々の畑なのだ。 すごいとしか言いようがない。
510ピークには12時半着。振り返ると樅尾城跡のピークと、ここまでの稜線が丸見えの展望だ。 ここが狼煙場だったのだろうか?もしそうだとしても、鉄塔建造の際に狼煙場の遺構などは つぶされているのだろう。(帰宅して道標の写真をよく見たら狼煙跡の文字の下に『そこ』と読めそうな 文字があった。つまり524かもしれない)
ここから左へ巡視路が下っている(写真の白矢印)ので、そちらへ誘われてしまいそうになるが、下ってしまうと県道の
『お』に降り立つ。鉄塔から右より(写真の黒矢印)に進むとそのまま稜線を歩ける。
ここよりは巡視路で無くなるので踏み跡は薄くなるがいよいよラストスパートだ。
|
稜線に古い電柱が! | 標識の謎を解く |
---|
昼食は下山後に食べるつもりだったので、496ピークで三度目のおやつ休憩をする。 峠までもうちょっとだ。と、歩き始めてすぐにまたまたとんでもないものを発見する。 それは古い電柱だった。板井原と上板井原の両村に給電していたものだろう。 でも銘板に『すぎもり』とあるので、両村よりさらに山奥の杉森まで行っていたのかもしれない。
裏手にも三枚の銘板があった。銘板には12個の小さな穴が空いており、そのうちの一つに釘が打たれている。
つまり、83年11月、86年11月、89年4月の三回に点検が行われたということだ。
89年まではこれが使われていた証拠でもある。
|
古峠に着 | 古峠にも花崗岩の石仏あり |
---|
なんとお宝満載の山行きだったのでしょう。 ようやく古峠に着きました。13時05分。先週見た石碑の裏側から出てきました。 実はここにも花崗岩でできた地蔵菩薩の石仏があります。若干様式が違いますが 今回の山行きで見た地蔵菩薩たちの仲間と言えそうだ。 峠道を一気に下って駐車場には13時15分。 |
MTBを組み立てて | えっ〜!閉店やし! |
---|
ここからどうやって駐車ポイントまで帰るかというと、実はトイレの裏に MTBをデポしていたのです。それを組み立てて跨れば板井原の集落までは ずーーーっと下りでクランクを回す必要は無し。 さらに、その途中にある『フォレストリア用瀬』(地図のK)で食事をする予定でした。 ところが入り口までやってくると『9月23日にリニューアルオープン・・・』とあって、 それまでは休業のようです。ああ、今週も腹ぺこのまま帰ることになるのかあ・・・。 桑畑の取り付きとか、道標のある三叉路(地図の『G』)への登り口を探したりで 駐車ポイントには13時40分着。
今回の洗足山〜古峠の地図は
こちら(約245k)
でごらんください。 |