但馬妙見山

はじめに:このレポートは国土地理院発行、2万5千分の1
『栃本』を参照していただくようお願いいたします。

2010. 4.30.  金曜日  晴れ後小雨  気温寒い
GWに入ったらここをMTBで走ってみようと去年から考えていた。 それは妙見山に中腹にあったという石原山帝釈寺(現在は名草神社となっている)から 麓の日畑へ下っている旧参道だ。 去年の9月にそこを歩いた時「これは絶対MTBで遊べる!」と確信した道だったからだ。 せっかくだから日畑をスタートにして大ナル新道のコースで妙見山の頂上まで行き、そこから 一気に日畑まで下るロングコースを設定。これは今年最大のヒットコースになるだろう。

日畑は狭くて車を止めるのに苦労する。集落のちょっと上にあるスペースに駐車。 人が住んでいる家屋は10軒もなさそうで、駐車の許可を得ようにも誰もいない。 9時20分スタート。

橋を渡る黒矢印が正解だが・・・

駐車ポイントから下に降りると、そこには『加瀬尾 1.5km 妙見登山道 3.5km』の 道標がある。それに従って橋を渡って加瀬尾に向かうのだ。加瀬尾は山の中腹にポツンとあって どうしてこんな所に集落が・・・と思うような所だ。地形図での位置は確認しているが 訪れるのは今回が初めてです。橋を渡って黒矢印が正解だがいつものようにM氏は無視して白矢印へ 向かっている。まあ、そっちからでも行けるのですけど・・・。
電柱が残っている旧市道向こうの明るい所が加瀬尾だ

ちょっと幅広の山道だが これが市道だったという。確かに倒木も無く電柱もあって 谷に沿ってうまく付けられている。荷車程度ならなんとか通過できたのだろう。 向こう側が明るくなったと思ったら向こうから犬の吠える声が近づいてきた。 犬の苦手なM氏はそれを聞いてそわそわし始める。
加瀬尾のたった一人の住人

おじいさんが現れて犬を鎮めてくれる。話をうかがうと現在たった一人の住人と いうことだ。「えっ〜!!」と二人同時に驚く。週末に都会から空き家を別荘として やってくる以外は一人で暮らしているという。おじいさんも日畑から自転車で登ってきた 我々に驚いていた。

桜並木の舗装路を登って石原から名草神社への舗装林道と合流する。10時ジャスト。 ここからは退屈な舗装路の登りだ。ゆるやかなはずなのに足は重くスピードはのろのろ。 途中には化石のとれるという地層の露出したのり面もあるのだが、M氏はあまり興味が無いらしく 素通りして行く。大ナル分岐には10時25分着。ここからキャンプ場を経て登山道だ。

大ナル分岐で新しい看板を見る堅く閉ざされたキャンプ場の管理棟

山菜取りの車が我々を追い越して一足先にキャンプ場の管理棟前に駐車していた。 帰宅後ここを検索してみたが、妙見キャンプ場の名前はあっても使用したレポートとか 写真は皆無だ。登山者もその存在を知らないらしく中には管理棟を森林関係の施設と 書いているものもある。
ああ、なつかしのキャンプ場

現在は確かにそうかもしれないが、このちょっと奥へ行くとキャンプ場なのだ。 M氏もにわかに信じられない様子だったが、ほとんど廃道の道を少し行くと そこには10年前と変わらぬサイトが広がっていた。10年前もまったくこんな感じで 何にもない真っ暗なキャンプ場に私一人でオカリナ吹きながらテント泊したのです。
大ナル登山口長い登りが続く

管理棟横の林道を詰めると登山口がある。11時10分。 なんとかお昼には頂上に立てそうだ。M氏とはこのルートで一度登ったことがあるのだが 二人ともそのときの記憶は消失しており、ただ苦しかったとだけ覚えているのだった。 従って見るものはすべて新鮮だがなんとも情けない。
ブナの横でちょっと休憩名草神社

途中にはブナもあったりしてそちらに目が行きがちだがその向こうに視線を向けると おもしろいものも見えたりする。登山道沿いにもおもしろいものが点在している。 それは大きな杉の切り株だ。数えていくとすごい数になる。これは妙見山に多くの 大杉があって、それを切り出したということに他ならない。その切り出しに使用した 妙見の弾丸列車の話はまた違う機会にしたい。
山頂着楽しいひととき?

四等三角点のある頂上には12時ジャスト。標高1135.5m(ちょっと横は1139m)。途中で足の止まりそうな時もあったので 悲しいかな体力の衰えを感じずにはいられなかった。山頂手前には残雪もあって、空も午前中とは違い 怪しい雰囲気になってきて寒い。メジャーなこの山頂に誰もいないのは奇異な感じだったが、よく考えれば GWの半ばにある平日だったためか。食後のコーヒーを飲んでも寒くてふるえそうだった。 12時40分いよいよロングダウンヒル開始。
山頂直下ブナの横をすり抜ける

古い記憶ではあまり乗れなかった(黒土がヌタっていてグリップしない)が 今回はめちゃ乗れるので楽しい。曇り空からポツポツと降り始めたので途中から林道に降りて 峠まで向かうことにする。こちらだと全部乗れるしあっという間に峠になる。 この林道は廃道あつかいで地図からも削除されているが自転車とか歩きには問題無い。
二つの丁石仏がある妙見峠です

とりあえず山頂からは林道も使用したがほとんど乗ることができた。峠には13時07分着。 二体の丁石石仏があって、一体は『柤岡村 三十七丁』、もう一体は『福冨村 十三丁』となっていて、 二つの石仏の数字が違う。柤岡村のほうは作山方向に向かって数字が少なくなっていき、 福冨村のほうは名草神社へ向かうにつれて数字が少なくなっていく。
巡礼の峠道を下る気持ちよく乗れるぞ

峠から名草神社への参道(元来は石原山帝釈寺への参道であって、あくまでも名草神社は明治になってからの ものです)は時々は整備されるのか、目立った倒木もなくスムースに乗ることができる。 丁石の石仏はすべてそろっているというわけでもなさそうで、いくつかは歯抜けらしい。 一つ一つ数えているヒマもないくらい下りはおもしろい。
1丁の石仏に到着

1丁の石仏に到着。ここはちょうど本殿と三重の塔の中間にある平地だ。 13時25分着。峠では小雨だったがここでは止んでいる。 ここから左に登れば最近国の重文に指定された本殿。右に下れば三重の塔。 とうぜん本殿に寄るが途中の斜面にはまだ座禅草が残っていた。
三重の塔に驚愕のM氏

名草神社と三重の塔に関しては去年のレポートを見てもらいたい。 それと10年前は本殿の横手に降りた記憶があったのだが、どうも峠から下る途中に M氏はそちらへ行きそうになったが、どうやらそれが本殿へのルートのようだ。 三重の塔には観光の人もいたが我々は異端の人なので早々に 立ち去る。神社の入り口にはこれから妙見山に登ろうとするカップルもいたが たぶん雨だろう。さあ、いよいよ妙見集落からのダウンヒルだ。
集落最奥から下るなんの障害もなく快適
M氏も負けじと休憩小屋に到着

妙見集落も常時住んでいる人はいない感じだ。『妙見自然の家』なる公共の施設もあるがこんなの利用しているのだろうか? 別荘のようなわりと小ぎれいな建物もある。その最奥からいよいよ車両通行不可なる道が続く。 ここからは言葉も講釈もいらない。風の音と地面からの反動を身体に感じながら下るのみ。 息つく暇もなく休憩小屋に到着。

ほんらいなら通過するところだが、小屋の中にあるノートをM氏がぺらぺらとめくっている。 登山者か、たまたまやってきたような人の書くことなんてなんの有益な情報もないのだが、 ここには驚くべきことが書かれていた。たぶん地元の人が書いたと思われる最後のページ。 それはこの下に摩崖仏があるという。

前回見たこの道標を左へ10mすばらしい!!!

この小屋のちょっと下には前回見た石の道標がある。これを左にわずか10mほど 行った所にあるという。前回も覗いてみたのだがまさかあるとは思いもよらなかった。 M氏がノートを見てくれたおかげで今回もお宝を発見できたわけだ。 不動明王で 表面は苔に覆われているが、ノートには『宗珎禅定門 天文十六年(1547)七月』なる銘があるという。
橋の周辺には小滝もある日畑に戻りました

桑畑があったと思われる谷との出会いがちょっとわかりにくい箇所かもしれない。 その箇所はあまり正確とはいえない(GPSを持っていないので)地図を参考に 素直に下っていくのが正解ルートだ。 それと岩の路面にステップを刻んでいる箇所があるが、そこは落ち葉で隠れているので スリップしやすい。コースアウトすると怪我ではすまないので注意。

駐車ポイントには14時30分。それを待っていたかのように雨が降り始める。 あのカップル登山者は大丈夫だろうか?しかし、八鹿の町にでると嘘のように 晴れ渡っていた。妙見の山頂から名草神社までの乗車率は95%、妙見の集落から日畑までは 98%と言っておこう。ただし、山頂までの登りはつらいぞ!!

今回の但馬妙見山の地図は こちら(約120k) でごらんください。


それじゃあみなさんも「山であそぼっ」(^o^)/~~~


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