経の尾(経納山)

はじめに:このレポートは国土地理院発行、2万5千分の1
『笠原』を参照していただくようお願いいたします。

2004. 5.30.  日曜日  曇り  気温暑い
つくづく天気予報には裏切られます。今日も天気が悪いだろうと思い休養日に当てていましたが、 お昼近くになっても一滴の雨も降ってきません。そこで、近所にあって散歩程度で登れて、 しかも石仏もあるだろうと思える山に行ってみる。そんな都合の良い山があるのか? あるんです。その名も経の尾。

加古川の権現ダムから北に向かう県道を行きます。行政区が加古川市から加西市に入ったとたん、 右手に『ミディベーカリー』というパン屋さんがあります。こんな山中の道沿いにパン屋さん?? そうです、なぜかあるんです。そのパン屋の向かいに二本の細い道が西向けにあります。 その二本の道の北にある道が経の尾(経納山)の中腹にある周遍寺への参道です。

標識も道標もないので、 気を付けていてもほとんどの人が一度は通り過ぎてしまうでしょう。 どうぞUターンして戻ってきてくださいね。

道にはいるとそこは別世界。両側には緑一色の放牧地が広がっています。しかし、 牛特有の臭いがしないので、今は牧場ではないのかもしれません。 一部畑地に転用しているところがありました。
もう使われていない?放牧地荒れ果てた庫裏が気味悪いっす

一車線の舗装林道の突き当たりには広い駐車場があります。20台ぐらい止めれるかなぁ。 長い石の階段手前にずいぶんと新しい案内板もあります。 『周遍寺について  当寺は、孝徳天皇の時代白雉二年(651年)法道仙人が、 この山の北の峰に石に写した妙経一部全文を納め、経の尾と号し堂宇を建立したことに はじまるという古刹です。・・・・』

このお寺のすぐ近くには西国三十三カ所の霊場である法華山一乗寺があります。 一乗寺も法道仙人が開祖で、たしか白雉元年だったので一乗寺とほぼ同じ頃というわけです。 ただし、一乗寺は現存して国宝の塔まであるのに、こちらは廃寺の憂き目にあっています。

階段を上っていくと中段右手に庫裏がありました。近寄ってみると恐ろしく荒れ果てています。 破れた障子から中を覗いてみますが、なんか背筋がぞぞっ〜っとしますね。 くわばら、くわばら、桑原和夫・・・。
広い境内でそれほど荒れた感じはありません

ならば、どれだけ本堂が荒れているかと思いきや、階段を上りきった境内は 広く、ゴミ一つ落ちていません。鐘堂の梵鐘は勝手に突いていいのでしょうか? 指でちょっとはじいてみます。本堂には如意輪観音がお祀りされているということですが 厳重に鍵が掛かっていて中を覗くことも出来ません。 ようするに無住のお寺ですが、誰かしらが管理しているということでしょう。
八十八カ所の石仏道良い感じでしょ

さ〜て、では石仏の見学と行きましょう。わりと複雑な経路で石仏道はあります。とりあえず本堂の 裏手から奥へ向かって歩いて行きます。極々普通の八十八カ所と言えましょう。 それぞれ弘法大師と一対になった石仏が続いています。もろい凝灰岩で作られたため顔の部分だけ 剥離したものもありちょっと残念。最奥まで行ってUターンする地点から細い道が三角点ピークに 向かって延びています。では、山頂へ行ってみましょう。
経の尾、山頂直下での展望
道は細くいわゆる山道です。ここから山頂まではたった5分です。 すぐにお稲荷さんの小さな祠がありました。 展望無しと思っていましたが、直下で 思わぬ展望を楽しめました。生憎の曇りと霞でしたが、晴れていたら六甲山塊から 淡路とか明石大橋も見えていたでしょう。
経の尾(経納山)三角点今日いちおしの石仏
毘沙門天です

標高221.1mの四等三角点のあるピークはその周囲だけ空間があって、他はヤブです。ここからも踏み跡が あるのはあるのですが、今の時期は入り込まない方が賢明でしょう。(蜘蛛の巣とか虫がすごい) この三角点の下を掘り下げると、きっと妙経を写した石が出てくるに違いありません。 出てきたら国宝もんやで!!

この辺りには『不動の尾』という字もありますからどこかのピーク付近にはひっそりと 不動明王の石仏があるのかもしれませんぞ。そんなことを思いながら石仏道の続きを歩いていく。 ぐるっと回り込んでいくのでひょっとして下山したらどうしようかと心配したが無事に本堂に横手から 出てきた。

駐車場の所から旧の参道が下っている。この下には有名な石棺仏があると聞いていたが、 覗き込んでみるととんでもないヤブのようだ。仕方なくこれは車で見に行きました。

今回の経の尾(経納山)の地図は こちら(約110k) でごらんください。

それじゃあみなさんも「山であそぼっ」(^o^)/~~~


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